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9月3日「ホームラン記念日」:王貞治756号の喜びと日本に残した感動

王貞治選手の756号本塁打達成を称えるホームラン記念日を象徴するカラフルな紙アート
目次

「ホームラン記念日(9月3日)」はどんな日?

✅ 王貞治選手が1977年9月3日に通算756号本塁打を放ち、世界記録を更新した日。
✅ 記録達成時のホームランボールの逸話や、文化への影響が注目された日。
✅ 王貞治選手と、所属チームの読売ジャイアンツ、国民栄誉賞を創設した日本政府が関わっている。


かつて野球というスポーツが、日本中を止めた日がある。

その名も「ホームラン記念日」、毎年9月3日は、その名にふさわしい物語を持つ記念日だ。

1977年(昭和52年)9月3日、東京・後楽園球場で王貞治選手が通算756本目のホームランを放ち、アメリカ大リーグのハンク・アーロン選手の記録を破った。

球場には歓声と感動が渦巻き、日本中がテレビの前で声を上げた。

その日を機に、「ホームラン記念日」が生まれ、さらに9月5日には初の国民栄誉賞が創設された。

文化功労者として認められた2010年まで、王選手の足跡は日本のスポーツ史そのものを彩り続けた。

この記事では、その感動の瞬間を、あなたも一緒に味わいながら。

なぜ9月3日が特別なのか、豆知識、関連エピソード、関わった人や歌、揺るがぬ記録を、丁寧にご紹介していきます。

『ホームラン記念日』が今に残る理由

「ホームラン記念日」はなぜ9月3日になったのか――王貞治756号が生んだ瞬間

1977年(昭和52年)9月3日、後楽園球場。

巨人-ヤクルト23回戦の3回裏、王貞治選手はヤクルト・鈴木康二朗投手の投じたボールを右中間スタンドへ弧を描くように放った。

それは通算756本目。MLBのハンク・アーロン選手(755本)が持つ世界最多本塁打記録をついに超えた瞬間だった。

テレビ画面越しに見守ったファンも、球場で拍手と歓声に包まれた観客も、感動で息をのんだ。

この“世界一”の達成を称えて、その日を「ホームラン記念日」として記憶に刻もうとする声が高まった。

以来、9月3日は王選手の偉業と、日本中が共有した感動の象徴となった。

2日後の9月5日には、政府が初代国民栄誉賞を制定し、王選手を表彰したことで、記念日としての重みはさらに増した。

この日がただの記念日ではなく、時代を変える“節目”として今も輝き続けているのは、この胸に迫るドラマと、国民の共鳴があったからこそだ。

ドラマと意外な裏話

記念日は思い出と一緒に――756号ボールを巡る熱狂と文化の広がり

1977年9月3日の一撃を打ち帰った“記念ボール”。

その行方は伝説級だ。

“転がってきたので慌てて飛びついた。死んでも離すものかと思った”という埼玉県在住の会社員だったという。

彼には、グアム旅行や伊東温泉招待、当時で約38万円相当の豪華プレゼントが贈られた。まさに“拾った人の人生が変わった”エピソードだった。

さらに、その一撃はスポーツ界だけでなく、音楽界にも影響を与える。

翌1978年に爆発的ヒットを記録したPink Ladyの『サウスポー』。

歌詞に「背番号1番」「一本足」など王選手を想起させる描写があり、そのダンスには王選手の特徴だった両足を揃えた独特の踏み方が取り入れられた。

まさに、“スポーツ→音楽”への文化の波及だった。

また、この記録を祝う特別展が開かれるなど、現在もその影響は続く。

たとえば、福岡の王貞治ベースボールミュージアムでは、9月3日の「ホームラン記念日」にあわせて秘蔵品展が開催されており、ファンの心を今なお揺さぶり続けている。

ホームラン記念日に関わる人物・組織:偉業の背景にある人たち

「王貞治という人」と「周囲の力」が作り上げた伝説

王貞治選手。彼の存在なしに、この記念日は語れない。

1940年5月20日、東京・墨田区生まれ。

早稲田実業高校から巨人に入団し、「稲妻打法」とも揶揄される独自の一本足打法を磨き、通算868本という世界最多本塁打の偉業を成し遂げた。

1977年9月3日以前も、500本、600本、700本といった節目を順に超えていくたびに、日本中が注目した。

そんな偉大な選手を支えたのは、巨人軍の強力な体制と、熱烈なファンの後押し。

さらに政府による国民栄誉賞の制定(9月5日)を含め、社会全体で祝福の炎を大きくしていったことも見逃せない。

2010年には文化功労者として顕彰され、スポーツ選手の枠を越えて“文化人”としての評価も得た。

王選手と記念日を結びつけたのは、本人の努力と、周囲の支えと、時代が作った共鳴だった。

ホームラン記念日よくある質問

Q1:なぜ「ホームラン記念日」は9月3日?
A1:1977年9月3日に王貞治選手が通算756号ホームランを放ち、世界記録を更新したからです。

Q2:756号はどの球場で、誰の投球から?
A2:東京・後楽園球場で行われた巨人対ヤクルトの試合中、ヤクルト・鈴木康二朗投手から放たれた一撃でした。

Q3:記念日はいつごろから制定されたの?
A3:「今日は何の日」系サイトなどが広めたのち、広く知られるようになり、広報・PRにも活用される定着した記念日となりました。特に、国民栄誉賞が9月5日に授与されたこともあって、9月3日の記念日としての意識が確立されました。

ホームラン記念日まとめ

スポーツ史に残る一瞬――1977年(昭和52年)9月3日、王貞治選手が756号のホームランで世界記録を破った日。

その瞬間、球場も国中も心を奪われた。

その感動を忘れぬよう、9月3日は「ホームラン記念日」として刻まれた。

記念ボールを巡るドラマ、文化へ広がった余波、政府による国民栄誉賞といった栄誉、そして文化功労者としての顕彰──

すべてが王選手の偉業を時代の証言として響かせた。

スマートフォンで読んでくださったあなたも、この日を語源とする驚きやドラマを、「知識」から「体験」のように味わえたなら幸いです。

家族や友人と語るとき、この一撃に込められた物語は、きっとあなたを誇らしくさせることでしょう。

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