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女性雑誌の日(2月27日 記念日)|“悩み相談”から始まった、女性メディアのはじまり物語

女性雑誌の日(2月27日)の由来は1693年創刊『The Ladies Mercury』。悩み相談の先駆けと、日本の女学雑誌・青鞜の意義を解説。
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「女性雑誌の日(2月27日 記念日)」はどんな日?

✅ 1693年2月27日、ロンドンで女性向け週刊誌が創刊。
✅ 恋愛・結婚の悩み相談を紙面で公開した先駆け。
✅ 『The Ladies’ Mercury』と編集者ジョン・ダントンが関係。


女性雑誌と聞くと、ファッションや美容を思い浮かべる人が多いかもしれません。

けれど、2月27日の「女性雑誌の日」は、もっと“人の心”に近いところから始まっています。1693年2月27日、イギリス・ロンドンで創刊された『The Ladies’ Mercury(ザ・レディス・マーキュリー)』は、女性の恋愛や結婚などの悩み相談を扱う、女性読者のための週刊誌として知られています。

誰にも言いにくい迷いを、紙の上で言葉にしてもいい。そんな空気が、300年以上前に生まれていたと思うと、少し胸が熱くなりませんか。

さらに日本でも、明治期から女性雑誌が社会の変化と結びつきながら発展していきました。世界の“はじまり”と日本の“広がり”を行き来しながら、女性雑誌の日の背景を、読みやすくほどいていきます。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)の由来|1693年、ロンドンで起きた“小さな革命”

女性雑誌の日が2月27日になった理由は、とても明快です。

1693年2月27日、ロンドンで『The Ladies’ Mercury』が創刊されたことに由来します。英語圏で、女性の読者に向けて作られた定期刊行物として「最初期」とされる点が、大きな意味を持っています。

興味深いのは、この雑誌が“突然”生まれたわけではないことです。

母体になったのは『The Athenian Mercury(ジ・アセニアン・マーキュリー)』という、男女の一般読者に向けた週刊誌でした。そこでは読者から寄せられた質問に編集部が答える、いわば公開Q&Aのような形式が人気を集めます。読者参加型のメディア。今の感覚で言うと、コラム+相談箱+コミュニティのようなものです。

やがて編集側は、女性読者の関心が強いテーマを独立させます。

恋、結婚、ふるまい、装い、気質。生活の中で揺れる気持ちを、堂々と「質問」として差し出してよい、と宣言するように。そして『The Ladies’ Mercury』が誕生しました。

さらに知っておきたいのは、刊行期間がとても短い点です。創刊は1693年2月27日、最終号は同年3月17日で、全4号とされています。短命だったからこそ、逆に“挑戦”の匂いが濃い。社会の空気を少しだけ押し広げて、消えた。そんな印象すら残します。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)の豆知識|悩み相談は、当時の“最先端メディア”だった

『The Ladies’ Mercury』の最大の特徴は、女性の悩み相談を前面に出したことです。

恋愛や結婚は、人生を大きく左右します。けれど、家族にも友人にも言えない迷いがある。その「言えなさ」を、“投稿していい”に変えたことが、新しかったのだと思います。

しかも、当時は紙面が贅沢に使える時代ではありません。

『The Ladies’ Mercury』は、両面印刷の一枚紙で構成されたとされます。限られたスペースに、相談と答えを詰め込む。だから文章は、要点が鋭い。質問は切実で、返答は歯切れがいい。想像するだけで、ページの熱量が伝わってきます。

そして、この“相談文化”は、現代のメディアにもつながっています。

匿名で悩みを共有し、編集者や専門家、時には読者同士が応答する。形は変わっても、人の根っこはあまり変わりません。うまく言えない気持ちに、言葉の居場所がある。女性雑誌が長く愛されてきた理由のひとつは、ここにあります。

もうひとつ、覚えておきたい豆知識があります。

『The Ladies’ Mercury』の編集に関わった人物として、出版人ジョン・ダントンの名がよく挙がります。本人が明確に認めていない部分も含め、「関与したと一般に考えられている」という扱いで紹介されます。裏方の存在感まで含めて、当時の出版の空気が見えてきます。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)と日本の女性雑誌史|明治から大正へ、“声”が紙面を押し広げた

世界初の女性向け週刊誌が1693年だとすると、日本で女性雑誌が本格的に立ち上がるのは明治期です。

日本の女性雑誌の流れを語るとき、よく触れられるのが『女学新誌』と、その後身にあたる『女学雑誌』です。

『女学雑誌』は1885年に創刊され、近藤賢三が編集人として関わったことが示されています。

さらに『女学新誌』(1884年)を前身とする説明もあります。ここで使われる「女学」は、女性の地位向上や権利の伸張、幸福の増進を目指す学びとして理解されてきました。言葉だけでも、背筋が伸びるような志が感じられます。

そして時代が進み、1911年(明治44年)9月に創刊されたのが、平塚らいてうを中心とする月刊誌『青鞜(せいとう)』です。

女性たち自身の手による婦人月刊誌として知られ、1916年2月まで刊行されたとされます。編集長として平塚らいてうや伊藤野枝の名が挙げられます。

当時の社会状況を思うと、その意味がより強く響きます。
「女性が自分の言葉で書き、自分の仲間に向けて届ける」ことは、単なる出版ではなく、社会との向き合い方そのものだったはずです。

ここで、女性雑誌の日の魅力が一段と立体的になります。
ロンドンの“悩み相談”という私的な声。
日本の“社会を変えたい”という公的な声。
どちらも、紙面に出てきたのは「声」でした。だからこそ、女性雑誌は読む人の人生に寄り添い続けたのだと思います。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)に関するよくある質問

女性雑誌の日(2月27日 記念日)は、誰が決めた記念日なの?

2月27日が「女性雑誌の日」として紹介される背景には、1693年2月27日に『The Ladies’ Mercury』が創刊されたという事実が核にあります。

記念日としての呼び名は、記念日紹介サイトなどで広く扱われ、由来とセットで定着していった形です。いわゆる法律で定められた祝日とは性格が異なり、「出来事に由来する記念日」として理解するとしっくりきます。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)の『The Ladies’ Mercury』は、どんな内容だったの?

『The Ladies’ Mercury』は、恋愛や結婚、ふるまいなどに関する質問に答える相談形式が中心とされます。

母体の『The Athenian Mercury』が読者の質問に答えるスタイルで人気を得ており、その中でも女性向けテーマが好評だったことが独立の流れにつながりました。発行は週刊で、全4号、最終号は1693年3月17日とされています。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)をきっかけに、日本の女性雑誌も知りたい

日本の女性雑誌史で触れられることが多いのは、1884年の『女学新誌』、そして1885年創刊の『女学雑誌』です。『女学雑誌』は近藤賢三が編集人として関わり、女性の教養や地位向上を目指す姿勢が示されています。

さらに1911年9月創刊の『青鞜』は、平塚らいてうを中心に女性が主体となって発行した月刊誌として知られます。時代の空気を感じたいなら、この3つを押さえると流れがつかみやすくなります。

女性雑誌の日(2月27日 記念日)の魅力|“言いにくい気持ち”に、居場所を作ってきた

2月27日の女性雑誌の日は、華やかな表紙の歴史というより、言葉の居場所の歴史です。

1693年2月27日、ロンドンで『The Ladies’ Mercury』が創刊され、恋愛や結婚の悩みを紙面で扱うという挑戦が始まりました。短命でも、確かに「声」を世の中に出しました。

日本では明治期に『女学新誌』『女学雑誌』の流れが生まれ、女性の学びと地位向上を志す動きが紙面に宿ります。さらに『青鞜』が、女性たちの手で社会に問いを投げかけました。

悩み相談の小さな声も、社会を動かす大きな声も、どちらも出発点は同じです。
「言葉にしていい」と思えること。
その安心が、次の一歩を作ります。
2月27日は、女性の言葉がメディアを育ててきた流れを、そっと思い出すのに似合う日です。

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