強制収容を忘れない日(2月19日 記念日)はどんな日?
✅ 1942年2月19日、ルーズベルト大統領の命令により、日系アメリカ人約11万2000人が強制収容された日です。
✅ 戦争への恐怖だけでなく、人種差別と偏見が強制収容の根底にありました。
✅ 日系アメリカ人市民協会や全米日系人博物館などが記憶の継承活動を行っています。
「強制収容を忘れない日」は、自由を奪われた人々の声を未来につなぐ日
家を捨て、土地を離れ、たった一つの理由で“敵”とみなされた人たちがいました。その理由は、ただ「日系人である」ということ。
1942年2月19日。アメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルトは「大統領令9066号」に署名し、日系アメリカ人を対象とした強制収容政策を実行に移しました。
この日を忘れないように——
歴史の闇に埋もれた「差別と不正義の記憶」を語り継ぎ、再び同じ過ちを繰り返さないために設けられたのが、「強制収容を忘れない日(Day of Remembrance)」です。
アメリカでは、2月19日になると各地で追悼式典や教育イベントが開催され、当事者やその子孫が体験を語り、歴史を振り返ります。
今も残る傷跡と向き合い、次の世代へと「声」をつなぐこの日は、過去をただ悼む日ではなく、未来を守るための行動の日でもあるのです。
強制収容を忘れない日(2月19日)の由来は?歴史が決めた“記憶の日”
強制収容を忘れない日が2月19日であるのは、1942年2月19日、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルトが「大統領令9066号(Executive Order 9066)」に署名した日だからです。
この大統領令により、アメリカ軍に広範な権限が与えられ、“軍事上危険と判断される者を排除する”ことが可能になりました。
表向きは国家安全保障のためという理由でしたが、実際に対象となったのは西海岸に住む約11万2000人の日系アメリカ人でした。
そのうちの多くがアメリカ国籍を持つ二世、三世で、犯罪歴やスパイ活動などの証拠は一切ありませんでした。
それでも彼らは、
- 家を捨て
- 財産を処分し
- 荷物を最小限にして
政府の命令に従い、10カ所の強制収容所へと移送されました。
代表的な収容所には以下のようなものがあります:
- マンザナー収容所(カリフォルニア州)
- トパーズ収容所(ユタ州)
- ミニドカ収容所(アイダホ州)
- ハートマウンテン収容所(ワイオミング州)
どの施設も人里離れた場所に設置され、劣悪な環境の中での生活を強いられました。
強制収容を忘れない日に知っておきたい豆知識と裏話
「強制収容」と聞くと、どこか遠い国の話のように思えるかもしれません。しかし、この出来事は「民主主義国家アメリカ」で実際に起きた出来事です。
そして意外にも、連邦政府はこの強制収容を“違憲”とは認めませんでした。実際、当時この命令に反対し、裁判を起こしたフレッド・コレマツの訴えも、最高裁では退けられました。
ようやく1988年、レーガン大統領が公式に謝罪し、生存していた元収容者に対して2万ドルの賠償金が支払われたのです。
また、この記念日は祝日ではなく“市民の手によって生まれた記憶の日”であるという点も重要です。草の根の活動として、日系アメリカ人のコミュニティが中心となり、「忘れないこと」「語り継ぐこと」を目的に始まったものなのです。
2020年代以降は、若い世代がSNSや映像作品を通じて記憶の継承に参加し、より広範な人々へと訴える「新しい記憶の形」も生まれています。
強制収容を忘れない日に関わる人物・団体を紹介
この記念日を支えているのは、過去の痛みを未来への希望に変えようとする人々の存在です。
フレッド・コレマツ(Fred Korematsu)
アジア系アメリカ人の人権活動家。
彼は強制収容に抵抗し、裁判で政府を相手に闘いました。
最終的に敗訴しましたが、その行動は後に再評価され、彼の誕生日である1月30日は「コレマツの日」として一部の州で記念日になっています。
日系アメリカ人市民協会(JACL)
全米最大のアジア系アメリカ人団体。「Day of Remembrance」の制定や、法改正、歴史教育活動を続けています。
全米日系人博物館(Japanese American National Museum)
ロサンゼルスにある博物館で、強制収容の歴史に特化した展示や資料を公開しています。当時のスーツケース、手紙、収容所での生活用品など、リアルな記憶を伝える貴重な場所です。
強制収容を忘れない日に関するよくある質問
Q1. 強制収容はどれくらい続いたの?
A1. 多くの日系アメリカ人は、1942年から1945年までの約3年間、収容所に収監されていました。戦争が終わってもすぐに自由を取り戻すことはできず、生活基盤の再建は困難を極めました。
Q2. なぜ白人系ドイツ人やイタリア人は収容されなかったの?
A2. 実際に少数のドイツ系・イタリア系も収容された事例はありますが、日系人のような大規模な収容は行われませんでした。これは、当時のアメリカ社会におけるアジア人への差別的感情が強かったことを示しています。
Q3. 現在のアメリカの若者はこの歴史を知っているの?
A3. 教育の現場で取り上げられることも増えてきましたが、全体としての認知度はまだ十分ではありません。そのため、コミュニティや教育機関がイベントや映像作品を通じて周知活動を続けています。
強制収容を忘れない日(2月19日)まとめ
「強制収容を忘れない日」は、過去に奪われた自由と尊厳を思い出す日であり、今を生きる私たちに「差別や偏見はどこから生まれるのか?」を問い直す日でもあります。
戦争という非常時に、人々の心に芽生えた恐れが、やがて憎しみと差別へと変わっていった——それは、今この瞬間にも世界のどこかで起きている現象と似ているかもしれません。
だからこそ、この記念日は「過去の話」として終わらせてはいけません。これは、未来を守るための「記憶の灯火」なのです。
今日は何の日(2月19日は何の日)
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