トマトの日はどんな日?
✅ 2005年に全国トマト工業会が制定
✅ 10と10でトマトと読む語呂合わせ
✅ 日本記念日協会に記念日登録
10月10日の「トマトの日」は、トマトの魅力を食卓から見直す記念日です。制定したのは、東京都中央区に事務局を置く一般社団法人全国トマト工業会。2005年に、トマトの栄養価値やおいしさを伝える目的で設けられました。
日付の中心にあるのは、「ト(10)マト(10)」という覚えやすい語呂合わせです。ただし、理由は語呂だけではありません。制定当時の10月は「食生活改善普及月間」で、食事への関心を高める時期でもありました。
さらに10月には、当時「体育の日」と呼ばれた祝日もありました。食事と運動の両面から健康を意識しやすい季節に、身近なトマトを取り入れてもらう狙いが重なっています。
赤い実を1個切るだけでも、サラダ、スープ、煮込み、ソースへと姿を変えます。10月10日は、そんなトマトの幅広さと、日本の加工文化まで知るきっかけになる日です。
トマトの日の由来|なぜ10月10日?誰が決めた?
トマトの日を決めたのは、一般社団法人全国トマト工業会です。全国トマト工業会によると、2005年に10月10日を「トマトの日」と定めました。目的は、トマトの栄養価値やおいしさを広く伝えることです。
あわせて、トマトを使った料理の普及も掲げています。生のトマトだけでなく、ジュースやケチャップ、ピューレーなども身近な存在。食卓での利用を広げ、人々の健康増進に役立てる考えが背景にあります。
10月10日が選ばれた理由で、もっとも分かりやすいのが語呂合わせです。「10」を「ト」と読み、10月と10日を組み合わせて「トマト」を連想させています。「ト(10)マト(10)」という覚えやすさが、記念日の日付につながりました。
もう1つの理由は、2005年当時の健康づくりの時期と重なっていたことです。当時、厚生労働省の「食生活改善普及運動」は10月1日から31日まで実施されていました。2005年度も10月の1か月間が運動期間でした。
この点は、現在の制度と分けて理解すると分かりやすくなります。食生活改善普及運動は2009年度以降、9月の健康増進普及月間と同時期に行われています。2026年度も9月1日から30日までが実施期間です。
そのため、「10月は現在も食生活改善普及月間」と受け取ると正確ではありません。トマトの日が生まれた2005年には、10月がその月間だったという歴史があります。制定時の背景が、そのまま記念日の由来として受け継がれている形です。
10月と健康の結びつきには、「体育の日」も関係します。体育の日は1966年に祝日となり、当初は10月10日に固定されていました。2000年から10月第2月曜日となり、2020年には「スポーツの日」へ名称が変わっています。
偶然にも、トマトの日が制定された2005年10月10日は月曜日でした。この日は当時の「体育の日」に当たります。食事を意識する月間と運動の祝日が重なる日として、記念日の趣旨とも相性のよい日付でした。
トマトの日は、日本記念日協会にも記念日として登録されています。2023年の同協会の発表でも、全国トマト工業会が10月10日を登録していることを確認できます。語呂の親しみやすさと健康への関心を組み合わせた記念日です。
トマトの日に知りたい興味深い背景
トマトの日を知ると、1個の赤い実の向こうに長い歴史が見えてきます。原産地は南米のアンデス高原周辺とされ、農林水産省はペルーやエクアドルを原産地として紹介しています。そこからメキシコへ伝わり、食用作物として栽培が進みました。
「トマト」という名前にも、長い旅の名残があります。農林水産省によると、語源はメキシコ先住民のナワトル語「トマトゥル」とされています。もともとは「膨らむ果実」を意味する言葉でした。
16世紀になると、トマトはスペイン人によってヨーロッパへ運ばれました。最初から食卓の人気者だったわけではありません。毒のあるナス科植物に似ていたことなどから、長く観賞用として扱われた地域もありました。
日本へ伝わったのは17世紀半ばとされています。1668年には狩野探幽が「唐なすび」として描いた記録が残ります。1709年には貝原益軒の『大和本草』にも「唐ガキ」として登場しました。
日本で食用として広がるのは、さらに後の明治時代です。全国トマト工業会は、仮名垣魯文の『西洋料理通』にある「蒸し赤なす製法」を初期の食利用文献として紹介しています。観賞する植物から、料理する野菜へと役割が変わっていきました。
日本のトマト加工史も、トマトの日の背景を深くしてくれます。全国トマト工業会は、1876年に大藤松五郎がトマト缶詰を試作したと紹介しています。別の資料でも、帰国後に東京でトマト缶詰の試作に携わった経歴が確認されています。
加工品が本格的に根づく転機の1つが、愛知県で始まったカゴメの歩みです。創業者の蟹江一太郎は1899年にトマトなど西洋野菜の栽培へ着手しました。1903年にトマトソース、1908年にはトマトケチャップの製造へ進んでいます。
トマトは傷みやすく、収穫後の扱いにも時間の制約があります。加工という発想は、保存だけでなく料理の使い道も広げました。ケチャップやジュースが家庭に定着した歴史は、10月10日の趣旨ともつながります。
トマトの日を語るうえで、栄養も外せません。文部科学省の食品成分データベースでは、赤色トマト100gにカリウム210mg、ビタミンC15mgが含まれます。β-カロテン当量は540μg、食物繊維は1.0gです。
トマトは、厚生労働省の栄養指導上では緑黄色野菜に含まれます。通常は可食部100g中のβ-カロテン当量600μg以上が目安です。トマトは基準未満でも、食べる回数や量が多い野菜として緑黄色野菜に扱われます。
赤色のもとになる成分として知られるのが、カロテノイドの一種であるリコピンです。農林水産省も、リコピンに抗酸化作用があると紹介しています。熱に比較的強く、油と一緒に調理すると摂取しやすい性質も知られています。
ただし、「トマトを食べれば特定の病気を防げる」と単純化するのは適切ではありません。健康は、食事全体のバランスや運動、睡眠など複数の要素で支えられます。10月10日は、毎日の食事を見直す入口として捉えるのが自然です。
もう1つ面白いのが、生食用と加工用の違いです。全国トマト工業会は、生食用を主に「ピンク系」、加工用を「赤系」と紹介しています。加工用はジュース、ケチャップ、ピューレーなどに向く専用品種です。
加工用トマトは、スーパーで見かける生食用の規格外品を集めたものではありません。農林水産省の日本農林規格調査会でも、加工用の専用品種が中心だと説明されています。ジュースやケチャップへの加工に適した品種が使われます。
全国トマト工業会によると、加工用は中まで赤い「赤系トマト」が中心です。一般的な生食用より皮がかたく、露地で太陽を浴びながら育てられます。生鮮売り場では見えにくい存在でも、加工品を通して毎日の食卓に入っています。
加工用トマトは、支柱を使わず地面をはわせる栽培方法が中心です。農林水産省の審議資料でも、春ごろ植え付けて夏に完熟した実を収穫する流れが説明されています。収穫後は当日か翌日に加工工場へ運ばれるのが一般的です。
10月10日にケチャップやトマトジュースを手に取ると、畑で育てる品種から違うことが分かります。記念日の制定者が「工業会」である理由も、ここにあります。トマトの日は、生鮮野菜だけでなく加工産業まで含めてトマトを考える日です。
トマト加工品にも、それぞれ役割があります。全国トマト工業会では、ケチャップを濃縮したトマトに食塩、香辛料、食酢、砂糖類などを加えたものと説明しています。ピューレーやペーストは、煮込み料理やソースの土台として便利です。
生のトマトを切って食べる日もあれば、ケチャップをオムライスにかける日もあります。10月10日は、そのどちらも同じトマト文化の延長にあると気づかせてくれます。赤い実は、畑から工場、そして家庭の台所へつながっています。
トマトの日と関係が深い人物・組織
トマトの日と最も深く結びつく組織は、制定者の全国トマト工業会です。現在の所在地は、東京都中央区日本橋小伝馬町15-18です。公式情報では1963年設立とされています。
同会の目的は、トマト加工品やにんじん飲料などの開発と品質向上です。加工用トマトの生産や出荷を合理化し、国民の食生活改善に役立てることも掲げています。研究、調査、検査、情報提供など活動は幅広いものです。
「工業会」という名前から、工場だけの団体に見えるかもしれません。実際には、加工品の品質や原料生産、食生活に関する普及活動まで扱っています。2005年のトマトの日制定も、その活動の延長にあります。
日本のトマト史で忘れにくい人物が、貝原益軒です。江戸時代の1709年に刊行された『大和本草』には、トマトが「唐ガキ」として記されています。当時は現在のような日常食ではなく、珍しい植物として見られていました。
もう1人、加工文化との関係が深いのが蟹江一太郎です。カゴメの創業者で、1899年にトマトなど西洋野菜の栽培へ着手しました。1903年にはトマトソース、1908年にはトマトケチャップの製造を始めています。
当時の日本では、トマトは現在ほど身近な食材ではありませんでした。蟹江一太郎は、売れにくかったトマトを加工することで新しい用途を生み出しました。生で売るだけではない利用法が、日本の洋食文化とともに広がっていきます。
現在では、ケチャップ、ジュース、ソース、ピューレーなどが家庭に並びます。全国トマト工業会が記念日で伝えようとしているのも、こうしたトマトの幅広い楽しみ方です。10月10日は、農産物と加工技術の両方に目を向ける日でもあります。
トマトの日に関するよくある質問
Q1 トマトの日はなぜ10月10日なの?
最大の理由は、「ト(10)マト(10)」と読む語呂合わせです。全国トマト工業会は2005年、10月10日をトマトの日に定めました。当時の10月が食生活改善普及月間だったことも理由に含まれます。
さらに、10月には「体育の日」があり、健康への関心が高まりやすい時期でした。2005年の10月10日は、実際に当時の体育の日でもあります。食と運動を意識する時期に、トマトの魅力を伝える構成でした。
Q2 トマトの日は誰が制定したの?
制定したのは、一般社団法人全国トマト工業会です。同会は公式情報で1963年設立とされ、現在は東京都中央区日本橋小伝馬町に事務局を置いています。トマト加工品の研究や品質向上などに取り組む団体です。
トマトの日の目的は、栄養価値やおいしさの周知だけではありません。トマト料理の普及を通じて、食生活や健康への関心を高めることも含まれます。日本記念日協会にも10月10日の記念日として登録されています。
Q3 トマトの日はいつから始まったの?
トマトの日が制定されたのは2005年です。全国トマト工業会の公式情報でも、2005年に制定したことが確認されています。20年以上続く記念日として、10月10日の名前が定着してきました。
制定当時と現在では、健康関連の制度に1つ違いがあります。2005年は10月だった食生活改善普及運動が、2009年度以降は9月に移りました。由来を知ると、記念日が生まれた時代背景まで見えてきます。
トマトの日から見えてくる食文化と健康へのまなざし
10月10日のトマトの日は、2005年に全国トマト工業会が制定しました。「ト(10)マト(10)」の語呂合わせに、当時の食生活改善普及月間や体育の日という健康の背景が重なっています。
南米から日本へ渡ったトマトは、17世紀には珍しい植物でした。明治時代以降に食材として広がり、20世紀にはケチャップやジュースなど加工品も定着します。1個のトマトには、400年近い日本での変化が詰まっています。
10月10日に食卓のトマトを見るときは、生の赤い実だけでなく、その歴史にも目を向けてみてください。サラダ1皿やトマトソース1品が、長い食文化の続きに見えてきます。
