食糧管理法公布記念日(2月21日)はどんな日?
✅ 食糧管理法公布記念日は、1942年に日本政府が米の供給と価格を国家管理する法律を公布した日です。
✅ 国家が米の生産・流通・販売すべてを一元管理する体制が築かれ、戦時下の食糧安定に大きな役割を果たしました。
✅ 農林省(現:農林水産省)を中心に、政府、農家、農業協同組合、消費者が広く関与した国家的な取り組みでした。
食糧の「ありがたさ」を見つめ直す日──それが食糧管理法公布記念日
炊き立てのご飯の香り。ほかほかの湯気が立ちのぼる食卓。
何気ないこの風景が、かつては「奇跡」だった時代がありました。
それは、戦争という大きな災禍のなか、食べることさえ困難だった日本。そんな時代、国が責任を持って「米」を管理し、国民の命と暮らしを守る法律が生まれました。
それが、1942年2月21日に公布された「食糧管理法」です。毎年2月21日は、その法律の意義を忘れないための「食糧管理法公布記念日」。
この日をきっかけに、今ある「当たり前の食卓」のありがたさを、もう一度見直してみませんか?
なぜ2月21日?食糧管理法公布記念日の由来と歴史
昭和17年(1942年)2月21日。
この日、日本政府は「食糧管理法(しょくかんほう)」を公布しました。法律の目的はシンプルでありながら、深刻な社会課題に直結していました。
それは、「国民の食糧の確保と、経済の安定を実現すること」。背景には、1936年(昭和11年)以降続いていた食糧不足がありました。
特に米の供給が不安定で、都市部では「買いたくても買えない」「配給だけでは足りない」という声が上がっていたのです。
戦争が激化するなかで、軍への優先供給、物流の混乱、農村から都市への輸送困難などが重なり、「食べ物がない」状況が現実になっていました。
このような中、国が責任を持って管理する仕組みが求められ、「食糧管理法」の制定に至ったのです。
食糧管理法ってどんな法律?その仕組みと影響
食糧管理法がもたらした最大の変化は、米の「全量政府管理」です。
つまり、日本中の農家が作ったお米は、すべて国が買い上げる。市場での自由販売は禁止され、価格も政府が決定します。
また、地主が小作人から受け取る「小作米」の販売も制限。市場経済ではなく、統制経済へと大きく舵が切られたのです。
この制度のメリットは、まず「供給の安定」です。農家は必ず政府に買ってもらえるため、売れ残りの心配がありません。
そして、消費者は極端な値上がりに振り回されることなく、一定価格で米を手に入れられるようになります。加えて、闇市での高値取引を減らす効果もありました。
しかし一方で、「自由な売買ができない」「品質や努力が報われにくい」といった課題も生まれました。それでも当時は、「生きるために必要な制度」として、広く受け入れられたのです。
戦後の日本を支えた「食糧管理法」──復興期にも大活躍
終戦後、日本は焼け野原となり、あらゆるものが不足していました。
特に深刻だったのが「食料」。このとき、食糧管理法は再び、国家と国民の命綱として機能します。
米は政府が責任をもって配給し、消費者は「配給米票(はいきゅうまいひょう)」を手に、少しずつ米を受け取る生活。多くの人が芋や雑穀、代用食で空腹をしのぎながら、米が来る日を心待ちにしていました。
その米を安定して供給できたのは、まさに「食管法」のおかげでした。
時代とともに変わる食の制度──1995年、食糧管理法は廃止へ
高度経済成長を経て、日本は「飽食の時代」へと突入します。
米は余るようになり、「減反政策(げんたんせいさく)」と呼ばれる生産抑制も登場しました。さらに、世界的な自由貿易の流れの中で、「政府がすべてを管理する仕組み」は時代遅れとされていきます。
そして1993年、「平成の米騒動」と呼ばれる冷害による大凶作が発生。タイ米の緊急輸入や価格の高騰が話題となりました。
この経験を機に、日本も「米を輸入する国」となり、国際的なルールに基づいた米の流通が必要となります。その結果、1995年に食糧管理法は廃止され、代わりに「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」(通称:新食糧法)が施行されました。
食糧管理法公布記念日を支えた組織と人々とは?
この記念日を語る上で欠かせないのが、農林省(現・農林水産省)の存在です。
農政の中核を担うこの省は、米の買い上げ、価格の設定、配給の監督まで、全体を掌握していました。また、農業協同組合(農協)は、農家と政府を結ぶパイプ役として活躍しました。
農協があるからこそ、全国の米が集まり、スムーズな供出が可能だったのです。さらに、当時の首相・東條英機も強力な国家統制の下で、法律の実行力を担保しました。
そして何より、「国のために」「家族のために」と、懸命に米を作った農家の人々と、それを配給で受け取って食いつないだ一般市民。この制度は、多くの人々の支えによって成り立っていたのです。
食糧管理法公布記念日に関するよくある質問
Q1. 食糧管理法は現在の制度とどう違うの?
A. 現在は市場原理に基づいて米の価格が決まり、政府の関与は最小限ですが、当時は国が価格・流通・販売をすべて統制していました。
Q2. なぜこの制度が必要だったの?
A. 戦争や災害で食糧が極端に不足し、自由市場では命を守れなかったからです。国家が関与することで最低限の供給と価格の安定を守りました。
Q3. 今の時代にこの制度は必要?
A. 現在は市場が整備されているため必要ないとされていますが、食料安全保障の観点から、災害時や有事には再評価される可能性もあります。
食糧管理法公布記念日から考える「食」と「国家」の関係
毎日のごはんが、当たり前にある幸せ。
その当たり前が、かつては多くの人の努力と制度によって守られてきました。2月21日の「食糧管理法公布記念日」は、食と国家のつながり、そして命を守る仕組みの重みを知るきっかけになる日です。
今、私たちが何気なく食べているお米も、過去の制度と努力の積み重ねの上にあります。この日を通して、「いただきます」の意味を、もう一度かみしめてみてはいかがでしょうか。
今日は何の日(2月21日は何の日)
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